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教えるさびしさ [シードン/文学論]

《リード》
ふと目にとまり立ち止まった歌だったが、そこから離れられなくなった。大口玲子の短歌だ。 
 

《本文》

  形容詞過去教えむとルーシーに「さびしかった」と二度
  言わせたり                  大口玲子

 名は「りょうこ」というのだそうだ。東京生まれの歌人。結婚してから仙台に住んでいたが、東日本大震災、引き続いた東電福島第一原発の過酷事故のあと、新聞記者の夫を残し2歳の子を連れて避難、さまよいながら宮崎に行き着き、避難生活や原発、子育て、夫との関係について詠っているという。外国人に日本語を教えた経験もあるそうで、この歌はその時のことを詠んだものだろう。
 「さびしかった」は、大口自身の気持ちかもしれない。あるいは、ルーシーの何かに「この形容詞!」と閃いたのかもしれない。教えていると、表面的なやりとりと並行して、深いところでの往復がポツリポツリと生じることがある。そういう駆け引きがこの歌には隠れていそうだ。「教える/教わる」という把握では捕まえきれない何かが生まれる瞬間——こういう歌を作った人はこれまでいただろうか?
 私もオーストラリアから来た短大生に日本語を教えたことがある。片言の英語と片言の日本語でのぎこちない会話でも、なにか通い合う瞬間があった。
 ここでも、ルーシーの「さびしかった」の前には大口が「さびしかった」と模範を示しているはずだから、そのとき「さびしかった」は少なくとも4回繰り返されたはず。大口は自分の「さびしかった」を聞き、そしてルーシーの「さびしかった」を聞き、それでは不足ともう一度「さびしかった」と言い、それを自分の耳で聞き、そしてルーシーの二度目の……木霊する「さびしかった」。
 実にいい歌だ。

 大口玲子は、繊細な神経の持ち主で、震災・原発事故前から、それを予感するような歌を詠んでいる点でも注目される。震災前は女川原発の近くに住んでいた。

国境を越えて放射性物資がやってくる冬、耳をすませば

学校で習わぬ単位、シーベルト、ラド、レム、グレイ、キュリー、
レントゲン

原子力関連施設いくつ抱え込み苦しむあるいは潤ふ東北よ

女川が「チェルノブイリとなる」予感飲みつつ言へり記者たちは
みな

コバルトライン走行しつつこの道が避難路とならむ日のことを
言ふ

もし夫が被曝して放射性物体とならばいかにかなしからむよ



 すぐれたアンテナ感度だから、もちろん、事故後もいい歌を詠んでいる。

被災地とはここなのかわれは被災地に居るのか
真闇にラジオ聴きつつ

許可車両のみの高速道路からわれが捨ててゆく東北を見つ

八日ぶりに髪も洗ひて湯に浸かり後ろめたさが深刻になる

逃げきつてせいせいとゐる月曜日 原子力空母ひつそりきたる

八月のゆふべ群青の計測器(ガイガー)の線量高き街で抱き合う

人形に「もうすぐ地震をはるよ」と繰り返す子のひとり遊びは

いたましきもののごとくに夫は言へどかはゆし息子の宮崎なまり


 別のテーマの歌もいい。いや、こちらの方がさらにいいと言うべきだろうか。

原爆落下中心地へと歩むわれ小さき蟻のごとしと自覚す

ためらひて長くためらひてやうやくに熱戦に融けし壜に触れ得たり

言ひたきことぎつちり詰めて向日葵は中心部のその暗さをひらく

箇条書きで述ぶる心よ書き出しの一行はほそく初雪のこと

われに芯なくてトイレットペーパーに芯あることの悲しき

暮れてゆく地球の春の思ひ出は菜の花食ひゐしトリケラトプス

夜ごと泣く妻とはなりて 東京が怖い。短歌が、点滴が怖い

お互いの記憶に触れて手さぐりで確かめてゐる岬のかたち

紙袋に乳児捨てられし記事を読みその重さありありと抱きなほす

三歳の息子に大方とられたるバルサミコ酢のチキン南蛮


 最後はやはり言葉を教えることに関する歌。ヘレン・ケラーのエピソードを思い起こさせる。感触、冷たさ、味、光……それらすべての子の経験が詰まっているはずの「みづ」という言葉、その小さな豊かさを刻むように思えてしまう新しい概念。上達は喪失でもある。

指さして「みづ」と言ふ子に「かは」といふ言葉教へて
さびしくなりぬ



※歌の表記について……大口の歌には原則改行はないが、ここでは一行で表示できない長さのものは読みやすい箇所で改行してある


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